魔森煌月鬼奇譚 (お侍 習作62)

       お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


          




 そこは相変わらず、それはそれは静かな処であるのだろう、漆黒の深淵。頭上へ遥かに高みの天穹の頂から、蒼い光をまといし煌月がただただ黙って見下ろしてござるは、地上の一角。立場も気持ちも追い詰められたる、出来損ないの修羅が放った殺気が、禍々しくも垂れ込めていた森の中。

 【 何だ、貴様はっ!】

 ただでさえ不意を突いての乱入者に襲われて、強襲をかけた筈がとんでもなく無様な潰走を呈す羽目となった夜だというに。いきなり降って沸いた謎の人物が、その鋼の身を盾にあっさりと凶弾を受け止めしまい、仕留めた筈だった標的をものの見事に護ってしまっただなんて。そんな裏技ありでしょうかというよな、とんでもない奇跡を見せつけられて。しかもしかも、

 【アケボノ村の弦造、と言ったら。思い出してくれるかの?】

 この自分やこの場の切羽詰まってた空気を置き去りに、のほのほとそんな自己紹介をしようとは見上げた度胸じゃないかいなと。襲った集落は赤子までもを皆殺しにし、その容赦のない残虐さで、ここいら一体を預かる州廻りの役人でさえ震え上がらせていた、泣く子も黙る 窃盗団“おろち”の首魁だった甲足軽
(ミミズク)殿がいきり立ち、再び構えたは、鋼鉄の弾丸をばら蒔く自動拳銃。
“どうやらこやつ、胸板や胴回りには防弾効果の高い鎧縅
(プロテクター)を装備しているらしいが…。”
 自分ととっつかっつな長身にまといしは、和装に近い、作務衣のような型の上着と筒袴という濃色の衣紋。先程放った弾丸は、その胸元へと吸い込まれて、だが、何の影響も見せぬから。その下へ何かしら、楯代わりの防具があると見て。羽織の袖から無造作にも肘ごと剥き出しになっている前腕や、カチューシャとかいう女性の髪どめにも似た、鋼の眼鏡
(ゴーグル)を目許へかけただけの顔や頭へは、何の防御もないと見て取ると。それへと目がけての乱れ撃ち、これでもすかさず敢行した冷血下郎であったのだったが、

 “…え?”

 刀さばきの腕前こそが優れていてナンボというのが侍だし、ましてや魔剣を授かっての暴虐の限りをしつくしていた身。それでなくとも膂力の並外れている鋼の躯を誇る機巧侍が、生身相手でしか殺傷効果はないも同然な鉄砲の扱いなんぞ、上手くてもあまり自慢にはならぬと隠していたものの。とはいえ、実は…なかなかの的中率を誇ってもいたのに、それが、
【 な…。】
 どうしたことか、標的とした相手が何の反応も見せないとは。こうまでの至近、しかも相手は…怯んでのことだろか、ただただ微動だにせず立ち尽くしているばかりだというに。無造作にも野趣あふれる、つまりは何の構いもしないままに伸びるに任せたそれだろう、うなじまでを覆う濃褐色の髪が時折、何かに弾かれたように不自然に撥ねては躍っており。間違いなく当たっていてこそのことだろに、やっぱり…痛がって倒れるどころか、まんじりとも動かぬままな彼であり。
【 く…っ。】
 自動拳銃といっても弾丸には限りがある。マガジンに装填された二十数発を撃ち尽くし、それでも引き金を引き続け、虚しい空撃ちを続ける彼は。顔こそ黒装束に似た装甲に覆われていて、表情というものは全くの全然読めなかったが、きっと凄まじく焦っていたに違いなく。片や、

 【 …もう終わりか?】

 見えているお顔の造作の中で、唯一“表情”というものを発揮出来る部位。峰の通った鼻梁の真下、口角のはっきりしたその口許をほころばせ。惚れ惚れするよな笑みを浮かべた弦造殿からの一言に、
【 く…っ。】
 大きく肩を震わせた甲足軽
(ミミズク)が、全くの役立たずだった火器を忌ま忌ましげに足元へと投げ捨てた。そうして、
【 たかが雑兵崩れが偉そうに構えるなっ。俺は、俺様は、先の大戦中は南軍空域部隊第二皇隊で、大将閣下の側近として仕えし もののふぞ。】
 どうやら相手も機巧の躯らしいと察しての、それでもこっちが上だと言いたいらしい悪あがき。自分をも含んでの甲足軽や兎跳兎、雷電などなどのような、軍用としての正規の仕様にのっとらぬ、規格外の機巧体は、終戦間際に徴集された“臨時徴兵”を志願した者らの間で増殖していたので、こやつもそのようなならず者だろうと解釈した上での悪態らしかったが、
「…。」
「ふむ。」
 久蔵が珍しくもあからさまに眉をしかめ、勘兵衛は逆に おやおやと苦笑をする。何せ、この弦造殿が、実は雷電という…少なくとも甲足軽よりは戦力も位も上だろう身だったことを知っていた彼らだったし、それより何より、こんな土壇場に持ち出してどうなるものでもない文言に他ならず。
“見苦しいにも程があるな。”
 破れかぶれというやつだろか。これはもう堕ちたなと憐憫さえもよおして、言いたいだけ言えと黙って見守っておれば、
【 空域部隊初の元帥閣下、榊伊原様に仕えし“十本刀”の筆頭を務めた武勲、世が世ならお主らなどとは席さえ同じゅう出来ぬ…】
 何やら仰々しくも並べ掛かった言いようへ、

  【 …榊伊原? 紅蜘蛛初号機の誉れを授かったあの大将閣下かの?】

 意外にも弦造殿が反応を見せた。しかも、

 “紅蜘蛛、初号機?”

 何だか物凄い“単位”が出て来ませんでしたか、たった今。間合いが不意だったことから虚を突かれたせいだろか、
【 あ…いや、それは先々代の話で。俺が仕えたは、そのお孫の…。】
 いやに素直に返事をしたミミズクへ、
【 孫? ああ、あの赤毛の洟垂れか。確か、九郎佐とかいう。】
 あくまでも気負わない、平温での会話を続けるところが…弦造さんたら物凄い。気圧されたまま、
【 ………いかにも。】
 サブロウタとかいう甲足軽が是と頷けば。そうかあやつか、何だと元帥までになったというか、儂が遊んでやると最初は豪気に威張っておるものが、しまいには必ず母上のさより殿の後ろへ隠れた甘えたれだったがの。大した出世よのぉ、ふ〜むと。感慨深げなお顔になったのへ、

 「…島田。」
 「何だ。」
 「もしやして弦造殿は…。」
 「言うな、儂だとて驚いておるところよ。」
 「嘘をつけ。笑っておるではないか。」

 こそこそと囁き合うこちらのお二人が言いたいこと。久蔵の兄と言っても障りがなかろう世代の風貌肢体に整えられた、いかにも壮健で若々しい擬体に収まっている弦造殿ではあったが、

 “実年令は、一体お幾つであられるやら。”

 ミサオ坊が“じっちゃま”と呼んでいたのを、今頃になって納得する。追及したらもっともっと驚愕の事実がいくらでも出て来そうな、ある意味“とんでもないお人”であるらしいと。やっとのこと、相手へも伝わったらしくって。その別称の元となったところの、半月型に吊り上がった大きな目玉、張り裂けんばかりに見開いて、ただただ総身を震わせる甲足軽であり。
【 〜〜〜。】
【 観念したかの?】
 飄々とした態度も矍鑠
(かくしゃく)と。あくまでも威勢のいい、それと同時に剽軽な態度を崩さぬ弦造殿、
【 今頃は儂と共に村までを駆けつけた州廻りの捕り方たちに、もはや仲間も全て捕らわれておろうから。悪名高き“おろち”とやらも、今宵この場で総じまいということよ。】
 お主も無為な抵抗は辞めて投降せよと。作務衣の腰帯に提げていたは、仔犬のお散歩にでも使えそうな太さの銀鎖。それが捕縄でもあるものか、片手で取り外しながら何とも無造作に歩みを運びかかった彼のその向こうで、

 【 もはや、これまでっ!】

 再び懐ろへと手を入れた相手が掴み出したものは、恐らくは自爆用だろうか手榴弾の一種だったのだろうけれど。
【 …往生際の悪いことよ。】
 低められた声音が呟き、軽くの無造作に下げられていた腕が…ふっと消えたと同時、風籟の音がひゅんっと響いたかと思った、その次の瞬間には。

  ――― ばさ…っ

 乾いた下生えの上へ、闇の塊のようなものが転げ落ちており。重なり合う梢の隙間から降り落ちる、煌月からの光に照らし出されしは、置物にしては生々しい、ついさっきまで口を利いていたはずの甲足軽の首だった。

 【 ほいしまった。名前を聞くのを忘れておったな。】

 それを一閃することで、頑丈なはずの鋼の首を叩き落としたらしき得物、銀の鎖を腰へと戻しつつ、
【 サブロウタとか呼ばれておったが。墓碑銘はそれでよしかの。】
 これほどの仕置きを処した直後というに、飄々とした態度は崩さぬままな先達ではあったれど。
【 こちらの御仁は…惜しいことをしたの。】
 年代世代が近いのか、それとも。一体どれほどの怨嗟を腐らせば、ここまでの狂気、こうまで生々しくも実現出来たのかを、もしやして聞きたかった彼だったのか。息絶えたことでますます小さな存在となってしまった刀匠の老爺の亡骸へは、少々感慨深げな視線を投げかけた彼であり。とはいえ、

 【 さて。村へと戻ろうかの、お二方。】

 積もる話も多々あるしと、神妙なそれへ沈みかかった空気を強引に塗り替えの、勘兵衛殿や久蔵の、肩や背中を軽くどやしつけ。動かぬならば腕さえを引っ張りかねぬ調子にて、さぁさと促すマイペースなところが、
“…五郎兵衛と変わらぬ。”
 仲間内の元・大道芸人、それは豪気で快活な、片山五郎兵衛殿にどこか似ているなと。ふと、その胸の裡
(うち)にて思った久蔵だったりしたそうな。






←BACKTOPNEXT→***